理智光寺址

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概要

理智光寺址は、鎌倉宮の北側に位置し、後醍醐天皇の皇子・護良(もりなが)親王の最期と深く関わる場所と伝わる。
建武2年(1335年)に護良親王の首が葬られたとされる地として、今も静かに当時を偲ばせている。
(撮影日:‎2013年5月3日)

歴史的背景

理智光寺は、願行上人を開山とする五峰山理智光寺の跡地である。
建武2年(1335年)、足利直義の命を受けた淵辺伊賀守義博が鎌倉で幽閉中の護良親王を殺害した。その後、義博は親王の亡骸から漂う死相に恐れをなし、首を近くの藪に遺棄したという。
寺の僧がこれを拾い上げて埋葬したと伝わり、理智光寺は護良親王の慰霊の地として語り継がれている。

碑文・伝承

此所ハ願行上人ヲ開山トセシ五峰山理智光寺ノ址ナリ 建武二年 淵辺伊賀守義博ハ 足利直義ノ命ヲ承ケ 護良親王ヲ弑シ奉リシガ 其御死相ニ怖レ御首ヲ傍ナル藪中ニ捨テ去リシヲ 当寺ノ住僧拾ヒ取リ山上ニ埋葬シ奉リシトイフ
昭和七年三月建 鎌倉町青年團

碑文の通り、護良親王の首を理智光寺の僧が埋葬したという伝承は、南北朝動乱期の悲劇を伝える貴重な史話として知られている。

関連情報

関連人物 護良親王、足利直義、淵辺伊賀守義博
関連時代 南北朝時代
キーワード 鎌倉宮、護良親王幽閉、南朝、理智光寺跡、供養地

スポット詳細

名称 理智光寺址(りちこうじあと)
住所 神奈川県鎌倉市二階堂754
アクセス JR「鎌倉駅」東口より徒歩約35分(鎌倉宮から徒歩5分)
WEB なし
時間 自由
休み なし
料金 無料(外観見学のみ)
所要時間 約5〜10分
備考 なし
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