新着一覧
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江戸時代(神社・寺)
講武稲荷神社
運慶作と伝えられている神体を祀っています。当社は講武所付属地で払下げを受け旅籠町3丁目と称していました。 大貫伝兵衛という者が、講武所付属地の払い下げを出願し許可を得るために浅草橋場の長昌寺境内に鎮座していた稲荷神社に参詣し、祈念をし... -
鎌倉時代(史跡)
鉄の井
「鎌倉十井の1つで水質は清く、甘美で盛夏といえども枯れることはない。昔、この井戸の中より高さ五尺あまりの鉄観音が掘り出されたことにより鉄井と名づけられたという。 正嘉2年(1258年)1月12日の丑の刻に秋田城介康盛(安達泰盛のこと)の甘縄の邸... -
室町時代(史跡)
頓兵衛地蔵
頓兵衛は、この付近で起きた新田義興の謀殺事件をもとに、江戸時代につくられた浄瑠璃「神霊矢口渡」(平賀源内作)の話に、船頭役で登場する人物の名である。 この地蔵は、いつしか頓兵衛が謀殺に加担したことを悔いて、その冥福を祈って建てたものと伝... -
江戸時代(史跡)
採荼庵跡
松尾芭蕉が『おくのほそ道』の旅へ出発した地 『奥の細道へ』の旅のために芭蕉庵を引き払った後、出発まで松尾芭蕉が弟子鯉屋杉山杉風の別邸の庵に滞在していました。 庵は現在風の建物になっていますが、縁側に座っている芭蕉の銅像が可愛いです。隣が... -
室町時代(史跡)
扇谷上杉管領屋敷跡
鎌倉管領上杉氏の屋敷跡の史跡碑になります。 「皇族で初めての征夷大将軍になった鎌倉幕府6代将軍宗尊親王(1242年-1274年)が鎌倉に下った際に従ってきた者の中に藤原重房がいました。重房はその時に丹波国上杉荘を拝領し上杉姓を名乗るようになりました。...