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概要
東京都大田区下丸子にある頓兵衛地蔵は、南北朝時代に多摩川で起きた新田義興の謀殺事件に由来する地蔵です。
浄瑠璃『神霊矢口渡』(平賀源内作)に登場する船頭・頓兵衛の名にちなみ、伝承とともに今も静かに祀られています。
(撮影日:2017年5月5日)
歴史的背景
新田義興(にった よしおき)は、新田義貞の子として南朝方で活躍した武将です。
延文3年(1358/南朝では正平13年)、義興は旧臣たちの謀略により矢口の渡し(現在の東京都大田区付近)で船を沈められ、非業の最期を遂げました。
その事件が後世の語り草となり、江戸時代には浄瑠璃『神霊矢口渡』として脚色されています。
登場人物の一人、船頭「頓兵衛」が義興の謀殺に加担したことを悔いて地蔵を建てたという伝説が生まれました。
碑文・伝承
頓兵衛は、この付近で起きた新田義興の謀殺事件をもとに、江戸時代につくられた浄瑠璃「神霊矢口渡」(平賀源内作)の話に、船頭役で登場する人物の名である。
この地蔵は、いつしか頓兵衛が謀殺に加担したことを悔いて、その冥福を祈って建てたものと伝えられ、新田義興に関わる伝説のひとつとなった。
義興の事件とは南北朝時代に活躍した南朝方の勇将新田義貞の子義興が、延文3年(北朝)、正平13年(南朝)(1358年)、北朝の足利方にねがえった旧臣竹沢右京亮や江戸遠江守らに謀られ、矢口の渡しで船を沈められて悲惨な最期を遂げたというものである。(大田区教育委員会掲示より)
現在は住宅街の一角に小堂が建ち、内部に崩れかけた地蔵尊が安置されています。
地蔵の顔が「とろける」ように見えるため「とろけ地蔵」とも呼ばれますが、実際は材質の砂岩が風化したものです。
また、吹き出物の病に霊験ありと伝えられています。
関連情報
| 関連人物 | 新田義興、新田義貞、平賀源内 |
|---|---|
| 関連時代 | 南北朝時代(14世紀中期) |
| キーワード | 矢口の渡し、神霊矢口渡、とろけ地蔵、南朝方の武将 |
スポット詳細
| 名称 | 頓兵衛地蔵(とんべえじぞう) |
|---|---|
| 住所 | 東京都大田区下丸子1-1-19 |
| アクセス | 東急多摩川線「下丸子駅」下車、徒歩7分 |
| WEB | |
| 時間 | 自由 |
| 休み | なし |
| 料金 | 無料 *外観見学のみ |
| 所要時間 | 5~10分 |
| 指定 | 大田区文化財 |
| その他 | 多摩川七福神(布袋尊) |
